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2010/11/13

11/11 避難/カントール/高円寺


この日は午前から昼過ぎに掛けて、卒論の執筆。なかなか思うようには進みません。

夕方に、「完全避難マニュアル」の山手線渋谷駅の避難所をめぐる。地図にしたがってぼけーっと歩くのは心地いいです。普段のせわしない時間の連続からフッと抜けだした感じ。



それから池袋あうるすぽっとに移動して、タデウシュ・カントール『死の教室』を観ました。75年の作品なのに古臭さを感じ無い。人形のように血の気を失った役者たちが、狂っている様子を観るのはとても楽しかったです。本物の蝋人形を使った演出が、快快の『Y時の話』と演出が似ていて驚きました。

その後、高円寺に移動。山城さんに誘われて飲み屋に行くと、そこは看板ものれんもない古びた居酒屋でした。しかし、お店のマスターは若い女性3人。ビールは一本350円。安いわ、みんな気づいたら仲良くなってるわ、良くわかんない感じ。UNITで素敵なパフォーマンスをしていた蓮沼執太さんも来ていました。



閉店後は山城・野田家=「めぇ〜でぃ〜あ・アートセンター」に移動。初めて行ったけどいいおうちです。梅干とポテチを食べながらのんびり過ごしていました。が、山城さんが飲み過ぎてダウンしちゃって、ぼくたちは解散することにしました。

そこから高円寺→大泉の真夜中のピクニック。レイと二人で2時間爆歩。最高にいい運動になったとさ。

2010/11/11

スプツニ子「スカイプのうた」/Sputniko! - Skype song



この間、清澄白河のSNACでトークを聞いたけど、彼女のセルフプロモーションの仕方、ホントに面白い。実はパリでお世話になったセザールと同じ大学院で友達で、共同研究をしてたみたい。

東京都現代美術館「トランスフォーメーション」展、早く行かなくては。

11/10 レッツ・リサーチ・フォー・トゥモロー

11/10 レッツ・リサーチ・フォー・トゥモロー

今日は山城さん、辻、時里くんと中村児童館訪問。12月に『真冬のキモだめし』を構想しはじめている。なんだか、少しずつ動いてきている。気持ちも、出来事も。なんだか、堰き止められて淀んだ水が、誰も気づかないところで少しずつ流れ出し始めたような、そんな気配がする。決壊の予感を覚えている。



突然だけど、町の中や美術と関係ない人とコラボレーションしてできる作品には二通りある気がしている。

1つは、皆の想いや情念を引き受ける物。「記念碑」や「墓」的なものだろうか。これはパブリック・アートの歴史研究を紐解くと見えてくる気がする。

もう1つは、ぼくたちの気付かなかった行為や表情を浮かび上がらせるもの。「鏡」や「水面」のようなもの。コンセプチュアル・アートはブルデューの概念にちなんだ「リフレクシヴ・アート」の別称を持つと聞く。この系譜で考察できそう。

ぼくは今、後者の「水面」や「鏡」に不覚にも出会ってしまうルートを作るような、そういう世界を夢見ている。

2010/11/10

11/09 飴屋法水『わたしのすがた』

フェスティバル/トーキョーで上演されている飴屋法水さんの『わたしのすがた』を鑑賞してきました。細く長い針が突き刺さるような、ぬめっとした温風のような、遠くの方から確かに誰かに呼びかけられているような、そんな体験でした。

劇場という空間を脱ぎさったこの作品は、想像以上に強い力でぼくの身体に介入し、締め付けてきました。それだけ強度の高い作品なので、用心が必要かも。でも、必見。

2010/11/09

11/07 小沢剛さんアーティスト・トーク

11/07 府中市美術館で行われた、小沢剛さんのアーティストトークに行ってきました。

当日は映像機材が使えないトラブルがあって、予定通りのトークではなかったのですが、小沢さんの制作の観点、社会や風景の見方がわかって、やはり面白いなと思いました。

公開制作プログラム「できるかな2010 記憶」では、家にあった布やお菓子の空き箱や紙袋などを素材に、布や空き缶は白い膠を塗ってさらに上から同じ模様を油絵具で描き、紙袋はミキサーで砕いて紙粘土にして同じかたちに作り直す、ということを7月からひたすら時間を掛けて続けていったのだそうです。

この素材たちは、昨年亡くなった小沢さんのお母様の持ち物で、小沢さんはモノを通して、それらが生きられた時間のことを想いながら、それをなぞっていく。小沢さんなりの「喪」の行為だったのかなぁと思っています。

さて、そんな優しく、そして独特な「美」への関心をもつ小沢さんとのトークは12月11日。オープンミーティング第3会です。

なんだか、今回の「なぞる」行為にしても、地蔵を置いてみる「地蔵建立」シリーズにしても、彼の作品は何か子どもの一人遊びのように思えます。「ベジタブルウェポン」や「あなたが誰かを好きなように、誰かも誰かを好き」は、おもちゃや遊具を想起させます。「わくわくさん」は子どもの頃の彼のヒーローだったという話も納得。幼少期と今の制作活動のつながりやら、今子どもたちに対して思うこととか、聞いてみたい。

さぁ、少しずつ面白くなりそうな予感。