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2017/09/12

消費と浪費と格闘技 ー異種格闘技イベント「巌流島」に行った

92日は異種格闘技イベント「巌流島」をたっぷり楽しんだので、ちょっとそれについて思考してみる。

まず、最初にちょっとわけのわからないことを書くが、この格闘技観戦で興奮したことはぼくにとって尽きる事のない消費の一環なのか、それとも人生を豊かにする贅沢の一つなのか、ということについて。2011年に出版された『暇と退屈の倫理学』(國分功一郎著/朝日出版社)を読んで以来、この消費なのかそうでないのかについては、ずっと考えている。

この本『暇と退屈の倫理学』では「暇と浪費はよいが、退屈と消費はダメだ!」という。「暇」とは客観的な時間のことであり、「退屈」とは主観的な状態である。「浪費」とはものを楽しむことであり、満足があるが、「消費」とは記号と観念を求めることであり、満足がない。

私たちはどうしても退屈への不安にとらわれてしまう。だからそこから逃げるために気晴らしを探す。気晴らしは楽しみでなくて興奮であればよい。そのために消費社会はあらゆるサービスを用意している。いろんなレイヤーで世界が分かれているので、洋服も欲しい、音楽も聴きたい、ゲームもやりたい、となる。衝撃的な事件のニュースを追いかけることも、あるいは退屈しのぎの気晴らしなのかもしれない。気晴らしは本当に気を晴らす事にはならず、記号や観念を消費していくだけなので、どれだけ消費しても満足することはできない。

では、退屈してしまう人間の生と向き合うためにはどうすればいいか。この本の結論としては〈人間であること〉を楽しみ、〈動物になること〉を待ち構えよ、というものだった。どういうことか。人間は何かを楽しみながら、「楽しむとはどういうことか」を考えることができる。それは思考する事を楽しむことである。一方で「楽しむ」とは、なにかに〈とりさらわれる〉ことである。まるで動物になるように、ある世界に没入すること。その両方を往復することで、むやみやたらと消費を追い求めるのではなく、日常的実践のなかにある様々なものごとに「楽しみ」を見出すことができるようになる。退屈の問題は「自分」の問題であるが、この問題に「楽しむ」ことをもって向き合えた時、関心は他者へと移っていくだろう、と希望を示して文が結ばれる。

というわけで、ぼくは2日は〈動物〉になってガンガン夢中になってきたわけだが、ちょっとその楽しかったことについて思考してみる。

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92日 異種格闘技イベント「巌流島」

子どもの頃からプロレスやらジャッキーチェンやらが好きで、ボクシングの飯田覚士選手の世界戦も見に行ったことがあって、格闘技的なものが大好きだった。これまで生きてきて何度もボクシングジムに通おうか迷ったことがあるが結局行っていない。中学~高校の頃はPRIDEK-1も超盛り上がっていたこともあって、大晦日は紅白歌合戦そっちのけで格闘技に夢中になっていた。まぁ、よくいる男子だ。

そんで大人になってみるとPRIDEもなくなりK-1も地上波で見なくなって、あー総合格闘技はUFCしかなくなっちゃったか~テレビで見れないしな~などと思っていると、妻から「巌流島っていう格闘技のイベントがあるみたいだよ」と聞く。え?巌流島知らないなぁ、と思ってYoutubeで調べてみると、「柵なしの円形の土俵で、3回転落させたら勝ち」「関節技は無し。寝技(パウンド)は15秒まで」などなどルールが面白い。さらには菊野克紀選手や小見川道大選手など、かつてHERO’Sで活躍してた選手がメインを張る。菊野選手の三日月蹴り大好きだったので、ライブで見られるのかよ!と興奮した。よし、なんだかわかんないけど、格闘技好きだし、応援行こうぜ!となって、56日に見に行ってみた。当日券を買ったら運が良かったのかSRS席の前から3列目が空いていて、目の前でファイターたちを見られることになって、ウヒョ~!!という感じだった。

そのなかでもちょっとした知り合いのつながりもあった選手を応援に行った。それが193cm100kg越えという大器、シビサイ頌真選手。ボビー・オロゴンからの刺客でアフリカの伝統格闘技のファイターとの対戦だったのだけど、実力差がありまくりだったのか、1ラウンドであっという間に転落3回で決まってしまった。おおお、なんだかすごい強そうじゃん。もっと強い相手との試合がみたいぞ!と興奮。

他にも、精神保健福祉士という職種を生業とする実戦空手の原翔大選手は「ひきこもりの陰キャラファイター」という帯付きで、めっちゃ応援したくなる。ご自身で経営されている法人「ささえる手」の名前が出てきて、わ!格闘技界の福祉の星だ!と思った。そしてバックハンドブローやハイキック、集中しまくったあ試合運びなど、陰キャラというふれこみとは真逆の華のあるファイトで、夫婦でファンになった。

で、92日には2回目。さすがにA席だったので後ろのほうだったのだけど、巌流島は金網もリングロープもないのでめっちゃくちゃ見やすい。シビサイ選手も原選手も前回の大会でファンがついたようで、若手の最注目株となっていた。


どの試合も、めちゃんこ面白かったから、13日の大会は友達も誘っていこうと思う。

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格闘技とボディイメージ

で、前置きが長くなったんだけどここからがこの格闘技を見てて色々考えたこと。現場で試合を観戦する醍醐味はなんといってもその臨場感である。目の前でファイターたちが試合に臨む。その場にぼくらも臨む。「シュッシュ、バン!ススス・・・バン!バン!」(選手のフットワークやの音)、「スパーーーーン!」(弾けるローキックの音)、「ズドン!」(投げ技で身体が落ちる音)、「ゴッ、ゴッ、ゴッ」(叩き込まれるパウンドの音)など、音がスゲェ。あんなんと対峙したら、まして技食らったらシヌゥ~!みたいな感じで、見ている側はヒヤヒヤしながら、勝敗が決まる瞬間にはドッと盛り上がる。

で、推しの選手がいたりするとこれまた大変だ。選手の身体に憑依するように、殴られたら痛いように感じるし、技が決まったら嬉しくなる。推しの選手の身体感覚を自分の中でイメージしながら見る。

脳の中には身体のイメージ図(=ボディ・イメージ)があって、そのボディ・イメージは他者に感情移入すると相手の身体をトレースする。もちろん選手とぼくでは全く身体の仕様が違うのでトレースの精度は超低いはずなのだが、目の前で繰り広げられる闘いの熱量と響く技の音の臨場感が自分を興奮に誘い、選手の身体のように強くなったと錯覚する。その錯覚のなかでぼくたちは試合を見るので、なんだか強くなったような気分になる。この「強くなったような気分」にはちょっと注意が必要だなと思った。

当然だが実際に試合しない自分のボディ・イメージは感覚をともなわない。しかし、選手たちは、ヒットした顔やボディ、ガードした腕や殴った拳の痛み、加速した心拍や過熱した体温を感じる。痛みや過熱は苦しみであって、それを味わうことは恐怖でもある。菊野選手が試合後に「格闘家は相手と対峙する恐怖を、勇気で克服する。その勇気を見せることで、元気をもらってくれたら嬉しい」と素敵なコメントをされていた。ぼくたち観客は、この恐怖には直接は対峙せず、脳内のイメージだけで、技が決まる快感を錯覚する。錯覚しているということを自覚し、現実との溝を埋められるよう努めながら試合を見るか、無自覚に錯覚に没入するかってだいぶ違うな~と思った。

じゃあどうすれば錯覚と現実の溝を埋められるか。そんなときに今はやりのVRは効果があるんじゃないかなぁと思った。例えば、ヘッドマウントディスプレイで、対戦相手との距離感やパンチやキックの速度を一人称視点で観ることができたらば、選手の恐怖心への共感が変わる気がする。試合前にロビーでこれを体験できるサービスあったら、観客の体験の質はぐぐっと上がるだろうし、選手へのリスペクトが増すだろうと思う。VRじゃなくてリアルで、試合後とかに選手とリング上で対峙できる体験とかあったら、ぜひやってみたい。菊野選手のいう恐怖とそれを克服する勇気を想像する力を、それらの体験は向上させると思う。格闘技をテーマにワークショップをつくる機会があったら、そういうのをやってみたい。


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「巌流島」を観に行くことは、消費なのか浪費なのか

ぼくは前から予定を入れておいて仕事を空けて巌流島を観に行き、楽しんで、その楽しみ方についてさらに考えたので、これは消費ではなく贅沢をしたと言える。ただ、あの試合の面白さは中毒性があり、もっと見たくなる(満足できなくなる)感じがあるのも確か。まぁそれがエンターテイメントというものなので、それはいい。


格闘技の観戦を通して、ぼくとしては仕事に関係することを学べる事も少なくないし、今後もフォローしていきたいと思いましたという話。

2017/08/20

私Aと私A’、自由、存在の肯定 ーいわき総合高校卒業公演『1999』を観た

野上絹代さん作・演出いわき総合高校芸術表現系列の学生出演の舞台作品『1999』を観に、福島県いわき市に行ってきた。片道3時間半のちょっとした旅だが、今回は自宅から劇場までを直線でつなぐような旅で、寄り道をせず、ストイックに観劇に行った感じだ。その道中、一緒に行った妻と友人と他愛もない話をしながらのんびりすごした。



野上作品はこれまでも、作・演出をした俳優板橋駿谷さんの一人芝居『俺の歴史』、野田秀樹作品の演出をした『カノン』、ソロプロジェクト三月企画の『GIFTED』『ニンプトカベ』を観てきている。(結構見てるな)『GIFTED』と『カノン』はブログに感想を書いた。これまでの作品には、卑近な日常と宇宙の大河がつながってしまう縦横無尽なスケールや、役者自身の実際のエピソードが演劇として仕立てられていくこと、観客が自分を舞台上の役者たちに重ねていく仕掛けの散りばめなどなど、野上作品の特徴が積み重ねられている。今回はそういうことをいわきの女子高校生たちと一緒に作るというのだから、これは必見と思い、足を運んだ。

==以下、若干ネタバレを含む==

この公演はいわき総合高校の授業の一環として行われている。芸術表現系列(演劇)というコースを専攻している学生と、招聘されたプロの演出家が一緒に作品を制作することでコミュニケーションする力を育むことを目指しているという前提で行われたものだ。けどまぁ演劇なのか教育なのか、そんな区別はどうだっていいぐらい面白かった。



今回の10人の出演者のほとんどは1999年に生まれた女子高校生だ。1999年はノストラダムスの大予言で、七の月に恐怖の大王が舞い降りるとかどうとかという予言で世間がざわついていた時期だということで、演者たちは「わたしたちは、恐怖の大王だ!」といって顔をがっつり塗ったKISS的なデスメイクで登場する。「おまえたちに恐怖をあたえてやる!」的なことを言うものの、多くは「出落ちという恐怖」とか「このメンツで80分やるとおもったら怖い」とか、そういう卑近な恐怖のことを言ってて笑える。

10人の自己紹介があり、その後、どうやって「恐怖の大王」を演じるか、ということを話しはじめ「悪い事をしよう!」と言って、これまでにしたほどほどに悪いことをポップに歌ったあと、ポイ捨てとかオレオレ詐欺とかを提案していくが、ことごとくなんか微妙な感じで終わる。このとき「はーい!オレオレ詐欺やりたい!」「いいねぇ!」って言った次の瞬間には「もしもし~」といってオレオレ詐欺のコントが始まる。このショートコントの連打が笑いをつくっていく。

ノストラダムスの大予言は嘘だった、ということもあるのか、その後は大嘘をついてみよう、という話になっていくが、これもありえないっしょみたいな話になったとき、そのうちの2人が嘘にしたい本当の経験の話をしはじめる。これもさっきのショートコントの入りと同じように話が始まるのだが、これまた微妙な空気になり、ムカツクぜ!!!となる。みんなそれぞれが自分への苛立ちをぶつけたラップがここから始まるのだが短い時間で10人それぞれバリエーションのあるフローで最高だった。このむかつきがピークに達したあと、ぐだぐだしてみんなバイトにいってしまう。

バイトに行くと今度はバイト先で、みんなそれぞれが「終わり」とか「死」について考え始める。演劇部の練習にみんなが参加して、基礎体力の稽古をしながら、こんな終わり方は嫌だ、という思いを吐露し始める。そして・・・

という感じでここから怒涛のクライマックスへ向かうのだが、このクライマックスの最高さは2月にも東京公演があるとのことなので伏せておく!

内容をざっとふりかえってみるとこんな感じだったと思う。(間違っていたらごめんなさい・・・)

「悪いことをしよう」も「嘘をつこう」も微妙な空気になっちゃう、その過程の、高校生特有の否定と肯定を同時に含んだ言い回しで、ノリと勢いだけでどうにもならない感じのむずがゆさが、切なさにも面白にも、悲しみにも愛おしさにもなって観客としてみているぼくも心がぐるぐるする。

そして、「これでもか!」「これでもか~~~!!!!」と畳み掛けてくるクライマックスのビッグバンに巻き込まれながら、もっともっと見ていたい、終わらないで~!!!という想いで目と心を熱くしながら観たわけだけど、もう一回観たいという気持ちが高まりすぎて、昼の公演の後、当日券で夜の公演も観ることにした。

そんな感じで興奮しながら、帰りの電車で、妻と友人と、作品としての最高さを話しながら「10人のなかで誰推し?」とか「自分の子どもだったら誰が一番近いと思う?」とか、結構キショい話をして、最終的には「今回の制作と公演の体験って、教育として何をもたらすんだろうね」というような話になった。

1999』のことをふりかえりながら、ぼくは『夢の教室』というドキュメンタリー映画を思い出した。これはピナ・バウシュの代表作品『コンタクト・ホーフ』という演目を、ダンス経験のない十代の少年少女が10ヶ月の特訓を積み、舞台の上で踊るまでの過程を記録した映画だ。


『コンタクト・ホーフ』は、一人一人の身体の検閲のような場面から始まり、触れ合える近さにいながら触れられないこと、遠くにいながらまるで触れ合うように戯れることを踊りながら、踊り手が自らの身体の醜さも可愛らしさも受け入れていく過程を見るような作品だ。自らの身体の醜さも可愛らしさも受け入れていくことは、10代の少年少女には最も酷なことだろう。背伸びをし、世間が思い描くような美しさや格好良さに近づこうと自分の身体を加工していこうとする過程にあって、その憧れから遠い自分自身のありのままを直視しなければならないからだ。そしてそれを直視し、振付家とともに受け入れた彼・彼女らの姿が美しすぎて涙が出る。

アフタートークで、演出の絹代さんが「人の短所の方が絵になる」というようなことを言っていて、生徒たちが短所を発表するところから『1999』の制作は始まったらしい。なるべくなら直視したくない自分の身体的・性格的なコンプレックスをみんなのまえで言って、果てはデスメイクをして舞台に立ちそのことを大声で言うだなんて、過酷だ。でもそれを面白さとして、ありのままで何が悪いんだ的な感じで、吹っ切った状態で演者たちは演じきっていた感じがある。

ほぼ妄想で、稽古のプロセスを考えてみる。

10人の演者は、演出家に向かって自分の短所を語り、自分が思う私(=私A)を見せる。演出家は、それを語る彼女たちが生きているだけで面白いしキラキラしてて最高って思っている。その短所もまた魅力だ!と思って、演出家の世界観/言語で彼女たちの像(=私A’)ができあがっていく。「恐怖の大王」というメタファーを着せつつ、彼女たち自身のコンプレックスを聞き取ったままに、台本・演出・振付を手渡していく。私Aが、演出家への信頼のもとに、私A’を受け入れて、それを舞台上で見せていく。そうすることで、それまでと大きくは変わっていないが確かに新しい私になっていくんじゃないか。

ぼくも高校生のころ、座高が高い(=足が短い)のを気にして腰を曲げた座り方をしていて腰痛になったり、ガリガリの身体を筋肉質に見せたいがために腹筋と大胸筋ばかりを鍛えて背筋が弱くなったりしてたなぁ、とか。あのころに自分の身体と心を受け入れろ、とコーチしてもらえていたらその後の人生違ったと思う。

例えば、占いとか、あとはデザインとか、カウンセリングとか、「クライアント」がいて、その人の言葉を聞きながら進めていく仕事ってたくさんある。多くの場合、クライアントは問題解決を求めてくる。それに対して「こうすべきだ」と解決案を提示するような答え方もある。でもそれって「こうしなさい」という強制になりかねないんじゃないか、とも思う。この手の仕事の大前提って、クライアントが問題だと思っていることが何かとか、どうしたいという願望が何かとか、そういうことをひっくるめて、存在それ自体を肯定するような仕事なんじゃないかと思う。その上で問題が解決することがあればそれでもいいし、そもそも問題じゃなかったってこともありえたりする。

教育の目的の1つには、「人が自由に生きられるようになる」ということがあると思っている。特に芸術教育の場合。「自由」の対義を仮に「強制」だとする。でも、完全なる自由はなくて、必ず制約や要求があって、その制約や要求にただただ従っていると「強制」されていることになるが、制約や要求のことをよく知り、受け入れることは「自由」に近づいていくことなのだと思う。そして、自分にかかる制約として最も卑近なものは、自分の身体と心だ。そのありのままを受容することには、「強さ」が必要だ。その強さは個人から発生してくることは滅多にないだろう。自由になるための強さって、最初は誰かが包み込むような優しさで「そのままで大丈夫」と安心させたり、力強く励ましたりすることで、他者から与えられるものなんじゃないだろうか。


シンプルな「いま・ここ」における、力強い存在の肯定。音楽も最高だったし、きめ細やかな演出のあれこれとか、10人それぞれの輝きについてとか、しゃべりたいことはまだたくさんある。あー一個言いたいのは、高校の校長先生が始まる前に挨拶するときにさりげなくしていたデスメイクの素敵さと、そのときのBGMがキリンジの『悪玉』でそれが作品の内容をなぞるようで、めちゃめちゃよかった。

2月の東京公演を、楽しみにしている。



*関連する記事はこれ

2017/06/04

ピアジェの「感覚運動期」と触感の遊び

子どもの頃の「触感の記憶」として、想起するものはなんだろう。


ぼくがめちゃくちゃ覚えているのは、いつも遊んでいた名古屋市千種区にある「弁天公園」という公園の小高くもりあがったところに粘土質の土があって、その土をほじくり返して、水を加えて、縄文式土器をつくっていたときの触感だ。粘土質の土が綺麗ならいいんだけど、砂利とか松の葉とかが入っているとちくっとして嫌だ。それを丁寧に取り出して、粘土をよくこねて、底板をつくって、細くのばした粘土をドーナツ状にして積み上げて、段差を均して、器の形にしていった。公園のトイレのトイレットペーパー置き場の脇に隠して陰干しして、焼き芋大会の日に焼こうとして、見事に割れた。あの時のパサついた土の塊の触感とか、われたあとにそれなりに陶器?っぽくなっていたこととかをよく憶えている。

それぐらい触感というのは記憶に深く焼きついているものでもある。(ちなみに今それは、もしその触感の現場が残っていたとしたら、google earthで見ることができる。視覚情報から触感を強く想起することができるはずだ)

ところでぼくは0~6歳の子どもたちに向けて「触感遊び」のワークショップを作り続けているが、触感というものが彼らの発達にとってどんな意味を持つものなのか、改めて少し整理してみた。人間は受精して7週後には触覚器の構造が成立し、11週後には触覚器として機能し始める。相当早い時期からぼくたちは触覚を持っているし、それは単細胞生物のころから触覚があると言われる。

出産の瞬間のことを考えても、ぼくたちは生まれた直後に優しいおくるみに包まれ、そっと抱いてもらう。そのあともしばらく抱っこされて育つ。低体重児のケアには、カンガルーケアといって、密着して抱っこしている時間が長い方が体重の増加が早い、という実験結果もある。包まれ、抱かれる、という経験は、私たちの触感の記憶の深いところに根ざしているはずだ。だがそれらは大抵「抱かれる」「触られる」という受動的な経験だ。手を伸ばし、ものをつかめるようになるのは、生後4ヶ月頃からだと言われている。そこから、「触感の遊び」が始まっていく。
乳幼児は、寝るし、泣くし、食べるし、排泄する。そして、遊ぶ。この遊ぶという行為は、彼らにとって学習そのものだ。


こうした「触感の遊び」のなかで彼らは握ったら縮んだ、引っ張ったら破れた!くしゃくしゃと鳴った!という物事の因果関係を次第に理解していく。ピアジェの発達理論をベースにし、触感と認知の発達の関係を少しひもといてみたい。


ピアジェは、子どもの発達の段階を大きく4つに分けている。0~2歳は「感覚運動期」2~7歳が「前操作期」、7~11歳が「具体的操作期」、12歳以降が「形式的操作期」。「あかちゃん」と言われている時期はこの中で当然「感覚運動期」に該当する。



さらにこの「感覚運動期」というのを六つに分けている。
まず、第一段階は「反射」。誕生から1ヶ月頃までと言われています。唇の近くに何かを充てると吸おうとする「吸啜反射」。手にものをあてると握ろうとする「把握反射」、驚くと抱きつく様な動作をする「モロー反射」など、いろいろある。母親への庇護を求める動作や、母乳を求める動作が生得的にプログラムされている、と言える。

次の段階が「第一次循環反応」。1ヶ月から4ヶ月と言われている。自分の身体に限って、興味ある活動を繰り返し生み出すのです。拳を発見してしゃぶり始める、とかそういうことですね。それまではしゃぶるとか吸うとかいうことが、生物学的な反射だったわけですが、ここらへんからは意図してできるようになっていきます。
次が「第二次循環反応」。4~8ヶ月と言われている。ものを持てるようになったら、触感の遊びの始まりです。ガラガラを振って音を鳴らしたり、上の映像のように袋を握ってくしゃくしゃさせたりできるようになる。
その次に「第二次循環反応同士の協応」。これは、8ヶ月~12ヶ月。物を容器に入れたりすることや、棒で太鼓をたたいたりすることが、このカテゴリーに入ると思われる。ただ、太鼓とペットボトルで叩いたときに音が違うことなどはまだわかっていない。
さらにその次に行くと「第三次循環反応」に到達する。この段階は、12ヶ月~18ヶ月ごろに見られ、モノの新しい特性を自分で発見しようと探求をするようになっていく。例えば、物を積み上げたり、力加減をかえてボールを投げて、その飛び方を考える、というような感じです。
そして、感覚運動期の最後が「心的表象」。18ヶ月から24ヶ月、つまり2歳ぐらい。このころには、自分の行為を心の中で表象することができるようになる。たとえば、おもちゃのフライパンに、石ころをいれて、炒める動作をしたあとに、その石ころを食べるふりをして「おいしい」とか、「どーぞ」って言ったりする。それは食事というシーンを表象している。
さぁここまでは基本の説明だが、感覚運動期の発達段階というのは、まさに私たちの「触感」の楽しみ方そのものではないか、と思う。例えば、自分の手を触ってみる。ああ手だなぁと思う。これが第一次循環反応。そして、次に手で、目の前の机を叩いてみる。お、音がなる。これ第二次循環反応。ボールペンでこすってみる。第二次循環反応同士の協応。叩き方を変えて音の違いを確かめる。これが第三次循環反応。ちょっと演奏っぽくしてみる。音楽というイメージを持って叩く。これはが心的表象。という感じ。
よく批判されることだが、ピアジェ関連の本を読んでいてもあんまり情動のことが出てこない。だが、触感と気持ちは結びつきが深い。触感の遊びはチクセントミハイの「フロー理論」ともつながりがあると思われる。たとえば、初めて出会うものというのは好奇心をそそると同時に、不安な気持ちを生み出す。この不快(不安)に好奇心が勝り、手を伸ばして触った先に「お!面白い!」とか「お!きもちいい!」とか、快の感情が芽生える。やってるうちに「おおおおおおおもしれえええ」というようにのめり込んでいく。「こうしたらああなるかな、ああしたらこうなるかな」と試行錯誤をする。この段階でもうフローに入ってる。

そう考えると、例えば洋服をつくるということにハマっていくプロセスを考えてみる。はじめは、消費者として感覚的にいい、かっこいい、って思っていたり、もしくはファッションに対して何か考えを持っていて、服作りに関心があったとする。で、いざ自分で服を作ってみると、まずは生地の触り心地にどきどきする(第一次循環反応)。なれないミシンにそわそわする(第二次循環反応)。形式を真似て、なんとか服を作ってみた(第二次循環反応同士の協応)。その次は生地とミシンの組み合わせを変えて、ああしようこうしようと試行錯誤する(第三次循環反応)。そして、ついには服を通して何か世界観や思想を表現できるようになる(心的表象)。ぼくたちが何か創造的な活動に「ハマる」プロセスが、めちゃめちゃ凝縮されてるのが触感遊びなんだと思う。

感覚運動期は、素朴にものづくりを楽しむプロセスでもある。その出来栄えや結果にはあまりこだわらず、ものがどうすればかたちになるかを、触っているうちに明らかになっていく。ぼくが遊んでいた土器作りも、創作における感覚運動期だといえる。

だが、この話は共感性の話抜きには考えることはできない。触感遊びを1人で楽しむのではなく、他者からの影響を考慮しなければならない。このあたりの話は、次に譲る。

2017/02/16

他者と撚り合う物語、エンドロール ー『この世界の片隅に』を観た

2016年のキネマ旬報ベストに選ばれるなどの超・超・話題作である『この世界の片隅に』をやっと観に行った。そして、すごくすごく最高だったので、ぼくは漫画も未読だし、映画も一回しか観ていないが、ちょっと感想を書きなぐってみる。



注:ネタバレを多分に含みます。



この映画、「たまたま戦争という時代を生きた人たちの日常」という視座の置き方への賞賛をテレビの特集などでよく見る。しかし、それだけではない。物語にちりばめられた点の素晴らしさがあった。

まず第一に、アニメーションとして、アニメーションにしかできない物語方法で、ファンタジーを忍ばせていたこと。冒頭の、毛むくじゃらの男によって、カゴの中に入れられて運ばれるシーンがあり、それが実は将来の旦那さんとの出会いのシーンでもある。のちに結婚する相手との出会いを、淡い、昼間見た夢のような表現で、まるでそっと忍ばせるような品の良さで、観客の心にも、ほんのりとした酔いを残すだけで、また素朴な日常へと戻していく。

この日常とファンタジーのフェードイン・フェードアウトは、アニメーションにしかできない!そして、日常の中に入ってくる戦争、戦争の中の日常、という物語主題ともマッチしている。ほかにも、座敷童子の女の子が、じつはりんさんだったんじゃないか、みたいなこととか、そういうほんのりさが、とても難しい抑圧の効いたバランスで成り立っていて、美しかった。

次に、主人公すず役ののんさんの声。冒頭の子ども時代の語りから「うちはぼぉっとしとるけぇ」というやわらかいトーンが、映像のふんわりしたトーン、そしてこれからのことを予言するようなコトリンゴの「悲しくてやりきれない」とが見事に合わさっていて、鳥肌が立つ。

その淡々としたやわらかさのなかに少しずつ少しずつ爆撃が映し出されることが増えていく。それに呼応するかのように、のんさんの声が憤り、慟哭する場面が幾つか出てくる。このやわらかさのなかの激情が、映画全体の物語と合わさって、観客の心を震わせたと思う。

そして、なによりぼくがそれまで我慢していたのに落とさなかった涙を決壊させたのはエンドロールだった。物語の重要な核とも言える内容を、あわよくばもう1作かけて描くような内容を、最後のあのエンドロールのなかに持ってくるなんて!!!

原爆で右手を負傷し子どもを守りながら母親が死んでいくのを隣で見ていた子どもが、別の理由で右手を失ったすずのところにやってきて、擦り寄っていく。その子と一緒に家に帰る、というところで本編が終わる(かのように見える)。

その前に、すずさんが子どもを授かったことが描かれるが、劇中でその子が生まれることがなかった。ぼくはぼーっとしていて気づかなかったが、生まれなかったのだ。子どもが。その代わり、最後に出会う子どもを、すずさんも我が子のように思っていこうとしたのか、それで家に連れて帰ることにしたのか。エンドロールでは、その子と共に暮らすことになり、成長し、失った姪子の服を着せたりして成長していく様が描かれていく。

そもそも他者であったはずの人の家に嫁ぎ、家族として暮らすことの艶やかさと違和感が物語の端々で描かれていったが、夫も、子どもも、血の繋がっていない人たちと生きることを選んだすずさんのその後の人生の物語は、丈夫でたおやかな布地のように美しくて、エンドロールという短い時間のなかに圧縮されていたため、その情報が体の中を駆け巡る速度が強かった。で、涙決壊。

自分も半年ほど前に結婚をして、妻と一緒に暮らしはじめたばかりだったので、こうして血の繋がっていない他者と糸を撚り合うように生きていくことの物語に悲しみと希望をもらった気がするし、一方でぼくたちの世界にも少しずつ戦争が臭ってきている時代にあって、この世界の片隅でぼくらがどう生きていくか、何を選び、何を捨てるのか、誰と生きるか、ということを静かに自分たちに問いたくなった。




そんなこの映画を小学生の子どもをつれて家族で観に来ているひとも多くて、ぼくらが最後に劇場をあとにするときに座席にバッグが忘れられていて、「これ、誰か忘れてませんか?」と声をかけると「あ、」と言って駆け寄ってくる子にそのバッグを手渡したんだけど、そんなことにも意味を見いだしたくなる感覚に、体が変わっていた。(こういう感覚のことを、どう言葉にしたらいいんだろう。クオリア?)

ぼくが仕事でやっているワークショップの設計は、人の経験をデザインしている(この言い方はちょっとおこがましくて使うのに少し迷っている)のだけど、そのことと比べてみると『この世界の片隅に』は、素晴らしい経験だった。それについては次に譲る。


2017/01/05

冒険をめぐる冒険 ー未知と出会うワークショップ考

年が明ける前日に29歳になり、2017年になって20代最後の1年が始まった。たまたまオフだった今日、ある方からのお話をきっかけに、自分が最もやりたいと思ってきたことってなんだろうとあらためて考えはじめた。やりたいことを語るなんて恥ずかしいし、なんだか間違っている気もするのだが、かっこつけてなきゃいけない立場でもないし、思い切って、自戒を込めて書いてみようと思う。新年だし。20代最後だし。

ぼくの仕事は、人、とくに子どもが参加し、何かを学ぶワークショップを企画することだ。学生時代からいろんなことをやってみたが、一貫してワークショップだったと言っていいと思う。なぜそれをやりたいのかといえば、ぼくは映画でも小説でも、人が困難とか偶然の出来事を前にして意志の力を信じてどうにかしようとする物語が好きで、それを見たいという欲求からだ。そしてそれは同時にぼく自身が自分の意志でどうにかする物語でなくてはならない。そこに責任がともなったとき、欲求が仕事になっている。 

「ワークショップ」とは、大雑把に言えば参加体験型の学びの場=体験学習のようなもののことである。講演会や会議なども「ワークショップ」と言われることもあるし、まあ定義はさまざまでいいのだが、ぼく自身が好きなワークショップと嫌いなワークショップの基準は自分の中ではっきりしている。

結論から言えば、ぼくが好きなワークショップは、主催者にとっても参加者にとっても「冒険」になっているものなのだと思う。ワークショップをつくり実施することは、「冒険の入り口」をつくり、その扉をあけて未知のものと遭遇する他者と共に自らも未知への挑戦をすることだ。その「冒険」としてのワークショップの要素を7つ挙げてみた。 

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① 未知との遭遇

 ぼくが一番よくないと思うのは「主催者の期待通り」というもの。参加者が期待通りにパフォーマンスしていることに対して、主催者が感動しちゃってるなんてなおさらいやだ(そういう場面が必要な儀礼的なものもある)。ポイントは、主催者にとって新しいものを作り出す挑戦になっているか、ということだ。ワークショップにおいて、参加者を目的に向けて促していく進行役を「ファシリテーター」と言い、ぼくもその役割を仕事としているが、ファシリテーターは設定されたゴールに参加者を導く案内人であると同時に、未知のものを歓迎するのでなければない。常に自分が知らなかったことを発見し、驚き、こうなったらどうだろうという想像を巡らせ、即興で応答するなかで、気づいたら想定していたゴールの形が未知のものに変容している。そういうことを歓迎しなければならない。最初設定されていたゴールが参加者によって更新されたことを参加者に伝える役割でなくてはならない。


② 生活実践

ワークショップへの参加のきっかけは、参加者の生活実践に埋め込まれているべきだ。小学生の子ども向けのワークショップの場合、親が子どもをミュージアムに連れていく、という場合が多い。だがぼくは子ども自身が情報をキャッチし、親を説得してでも行きたいと思うものであるべきだと思う。そこに参加の意志と責任がある。それでこそ未知への冒険ができる。地元のお祭りでも、商店街の一角でも、公園でも、児童館でもいい。冒険の入り口は参加者の生活に寄り添って存在するべきなのだ。 


③ 困難と選択肢

参加者をゴールまで導く案内人であるファシリテーターは、その道のりのなかで想定される困難を可能な限り洗い出し、参加者が乗り越えられるように階段をあらかじめ設計する。ときに、選択肢として複数のルートを設計する場合もある。しかし、それは困難の「省略」であってはならない。時に予想もしなかったことが参加者の困難になることもありうるが、それをどうやって乗り越えてもらうか、新しい選択肢を広げ、即興で提示していく。 



④ 失敗・非参加への許容 

ワークショップは知らないものと出会うし、困難と出会う。それはワクワクすることでもあるし、怖いことでもある。困難に挑んで失敗してしまうこともあれば、参加を見送りたい気持ちになることもあるだろう。当たり前のようだが、ワークショップには参加を強制しないことが必要だ。まれに、ゆるやかに、やわらかく、楽しげに、失敗する人や参加しない人を否定する雰囲気をつくっていることがある。のるかそるかはその人次第であり、ワークショップに出来ることは、出会いの可能性を提示し、参加のとびらをひらいておき、席をあけておくことまでだ。 


⑤ 熟達者との関わり

ワークショップの最中に出会う困難とその乗り越え方には、熟達者のふるまいが参照される。音楽や演劇など身体を使ったワークショップの場合、自分だけで試行錯誤していては埒があかないことも、その道の熟達者の無言のふるまいのなかからヒントを見出し、自分なりの解釈で乗り越えていくことができる。また、ワークショップで熟達者との出会いを通して、人生のロールモデルを増やすことができる。「人は他者の物語の網目を生きる」という言葉がぼくは好きなのだが、人生はいままで出会ってきた他者の人生の引用の織物であり、自分自身の選択(どんなロールモデルを参照するか)の賜物だと思う。それを面白く、かっこよく、美しくするのは良き熟達者との出会いなのだと思う。


⑥ 身体の変化

ワークショップに参加した後は、その体験をするまえの身体には戻れないような、身体の変化が伴う。それがなく「刺激」「勉強」「気づき」という言葉だけが感想として出てくるようではダメだ。他者の身体を変えてしまうのだし、主催者自身の身体も変わらなければならない。そんなふうに協働し、変化しあう人の集まりであってほしい。 


⑦ 観客・読者・聴衆へのパフォーマンス

生活実践のなかに埋め込まれた入り口をくぐり、困難を乗り越えながら未知のものと遭遇し、身体が変化していくワークショップというものは、閉鎖的なコミュニティではなく、開かれた社会的な実践であると思う。体験を参加者に消費させるのではなく、参加者とともに新しい物事が生み出されるものであってほしい。その物事は、閉じたコミュニティに埋没するのではなく世に開かれたものであるべきだ。そのために、観客・読者・聴衆、あるいは新しい参加者へと開かれたものができていくべきである。ワークショップとは教室という閉じた空間で収束するものではなく、大げさにいえば人に向けた作品・商品・サービスをつくる活動なのだと思う。

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 と、こんな感じで書き出してみると、あらためてぼくがやりたいことは冒険の入り口を開き、冒険する他者のかたわらで、自らも冒険するということなのだろう。新しいことと出会い、価値観を解体するという痛みを伴いながら、新しいことを学ぶ過程に身を投じる、ということを繰り返したいのだと思う。冒険をめぐって、冒険したいのだと思う。

ここに書き出した7つの要素は、ぼくの理想だ。実践できているかどうか、自分の過去を戒めるような気分になる。とはいえ理想を持つことはその実現に向かうために必要で、そうでなければのんべんだらりでなんでもよくなってしまう。「どうすればこういう『冒険』をつくることができるのか」という方法論とか「なぜこの時代に『冒険』が必要なのか」とかの大きな文脈については、まだまとまらないし次の機会にゆずることにする。

今回はこの理想が明らかになったので、この一年、これに照らして自分の過去の仕事をふりかえってみようと思うし、この内容について、人とたくさん話をしたい気持ちなので、感想や意見を持たれた方は聞かせてほしいし、どんどん飲みに誘ってほしい。

2016/11/23

聴こえの体験、音の密林 ー Mother Tereco ELECTRONIC & ACOUSTIC SESSION

1119() 横浜市民ギャラリーあざみ野にて、電子音楽バンドMother Terecoと、詩人の小林大吾さん、ギタリストのDustin Wongさんのライブセッション「Mother Tereco ELECTRONIC & ACOUSTIC SESSION」が開催された。音楽を聴きにいったつもりが、音について耳を覚まされる経験になった。



Mother Terecoについては以前もこの記事で書いている。昨年から活動を本格化した2人組の電子音楽のユニット。ことあるごとにお世話になっている。これまでは原宿のVacantや青山の月見ル君思フでライブを聞いてきたけれど、今回のはそれらと並列に考えるのは難しい体験だった。

ここで感じたのは「いろんな場所からいろんな音が聴こえる~!!!!!!!」ということだった。音楽のライブに行く、というと大体がメロディを聴いたり歌詞を聴いたりしてノレる、感動する~みたいな、感情を煽らにいくことが多いのだと思うけれど、そういうのとは違った。



会場に入ってまずビビったのは、立方体だったり三角形にたくさん目みたいのが付いていたり、火を吹きそうな五重の塔だったり、スピーカーと思しきものが会場に散りばめられていることだった。円形に並べられた観客席のどこに座ったらいいかスピーカーや機材の配置の意図が読めないままとりあえずPA卓の近くを選んだ。

人が円形に並ぶと、儀礼的な何かを感じる。始まる前はドキドキして、とかく緊張感を煽る空間になっていた。



セッションは大きく3つの構成に分かれていた。

第1部はMother Tereco 2人のセッションが始まる。最初に鳴った電子音に、別の電子音が重なる。が、それはどうやら別々の場所から聴こえる。電子音の音源の位置を定位するのに目はあまり役に立たないので、耳を澄まして音の位置を定位しようとする。どうやら2人の近くにある立方体のスピーカーから聞こえているっぽい、ということぐらいまで憶測がたったところで今度は背後から重低音がミシミシと空間を震わせ、天井がしなる音を立てる。重低音は内臓まで振るわす。

そこにさらに別の音がどこかから聞こえてきて、もうどこに何の音があるのか追いきれなくなるが、耳はどうやったって音源の位置を定位しようとするから耳がいろんなところにピントを合わせようとしてめまぐるしい。ああ、音ってこんなにも空間だったのか~!ということを、まざまざと感じさせる演出とそれを実現させる演奏と機材で、始まったときはもう今回はこれは音楽体験というよりは空間体験なんだ、と思うことにした。

日常の「聴こえ」の経験は、幾つかの音が混じった状態で1つのシーンであると認識している。たとえば電車の中で、電車の車輪が線路をこする音や鉄製の車両が震えてしなる音、車内放送の声、人の会話の声など、様々な音が聞こえる。こういった音の聴こえによってぼくたちはシーンを記憶するし、想起する。今回のコンサートは、空間の中に散らばって聴こえる音と音の間につながり(リズム、コード、メロディ)が隠れていて、それを発見する耳の遊びで、音を楽しむというより「聴こえ」を楽しむようになっていった。

2部は、詩人の小林大吾さんとのセッション。パーカーにジーンズにキャップ姿の高い背に長い腕の小林大吾さんが「コップ」「一杯の」「Beer」の3つの言葉からわーっと始める言葉の羅列に乗せられつつ翻弄されつつ、何と滑舌がいいのだろう!と驚きながら聞き入る。

日常の中の言葉は、単語があって、熟語があって、文があって文章がある。word,idiom,sentense,text….そうやって文章の意味を受け取る。「コップ、一杯のビア」単語は聴こえるしイディオムをなしているのもわかるのだが、早すぎて言葉の連なりの中で何が起きているのかが把握できないまま、断片的な意味だけが耳に残り、電子音のドローンとともに通り過ぎていく。「そいつは言ったんだ」みたいな呼びかけるような詩人の仕草もまた、断片的な意味として目に残る。脈絡をもっている(ような気がする)断片的な言葉と仕草の情報過多に、日々ふれている(と思っている)言葉の意味から、聴取者であるぼくの身体が遊離していくのを感じる。その浮遊感を、Mother Terecoの音が支える。

3部は、ギタリストのDustin Wongさんとのセッション。Mother Terecoが操る電子楽器は、電気信号によって音がつくられている。けれどギターは弦の振るえによって音をつくりだす。赤と黄色の靴下を履いた足で、エフェクターを踏み、椅子に座ってかがんだ状態でツマミをひねってギターの音にエフェクトをかけていく。ギターの弦の振るえがエフェクトされて音の形が変わっていったり、残響になっていったりする。

Mother Terecoが作り出す音楽の特徴のひとつに「情報過多」というのがあると思う。2人が奏でる音数とその変形パターンが押し寄せてくる感じが気持ちいい、というのが2人の楽曲の特徴なのかな~なんて思っていた。今回はさらにスピーカーの位置と響き方という情報が加わるので、ここちいい情報過多の渦に飲まれながら自分の知覚も次第に加速していくのを感じていた。しかし、あとでMother Terecoの難波くんに聞いたら、今回はかなり音の数を制限したとのこと。1つ1つを現場でシンセサイザーで作り、それで鳴らしていたのだとか。それがDusting Wongさんのギターの響きが加わり、細部まで書き込まれた密林の風景画の中にいるような気持ちにさせられた。



とにかく、いろんな場所からいろんな音が聞こえて楽しくて、座っているよりも歩き回りたかったし、音の場所を探したかったし、音を出している人の仕組みをのぞき込みたいしなんなら手を加えて音いじりをしてみたくなった。鳴らしていいものならぼくも音を鳴らしてみて、この密林の中にどう搔き消えるのか、残響するのか、試してみたい気持ちにもなった。

コンサートの後は、遺跡を眺めるように観客の人たちが電子楽器やスピーカーの写真を撮っていた。たしかに展示品としてもかっこいい物と配置と照明でだった。


ほかにも、こんな面白いライブがなんでこんなところで?とか、キュレーションの意図は?とか、気になったことはたくさんある。ひとまずは、こんな風に音についてたくさんのことを教えてくれたこのライブに感謝するし、企画の小原君のステートメントが読みたい。

そして、実際のライブ映像が14分にわたって贅沢に公開されている!ので、追加!


2016/11/17

発達心理学 覚書


この2週間ぐらい、発達心理学に関する文献をガサガサと読み漁っている。といっても『まなざしの誕生』『意味から言葉へ』『感覚と運動の高次化からみた子ども理解』という3冊をぐるぐる読んでいるだけなのだが、なんとなく見えてきたことがある。とはいえ素人の考えだから批判もあろうが、ひとまずここではザーッと感じていることを覚え書きする。

1つは、ピアジェの発達理論はむちゃくちゃ面白いんだけど、他者との情動的交流という明確に欠点もあるということ。ピアジェの理論にもとづいたツール開発は、個人ー物の探求は触発するのだけど、個人ー物ー社会の探求までは触発しないのでは?ということ。

『感覚と運動の高次化からみた子ども理解』に書いてあった面白い事例として、トランポリンで遊ぶ児童の例がある。 


トランポリンを大人に揺らしてもらって遊ぶ子どもは、床面の揺れや体の上下によって前庭感覚や固有受容感覚が刺激されることを楽しんでいる。ピアジェでいえば「二次循環反応」を楽しんでいる、ということが言えるのだと思う。しかし著者の宇佐川さんは「(トランポリンを揺らし)続けていくうちに、目を閉じたり自分の手をみつめてケラケラ笑い、よりうちに閉じこもるような感じになっていく」と記述した。このとき、「情動が内にこもってしまう、もしくは自己刺激的な興奮状態になるかもしれない」と判断され、子どもの顔の正面に自分の身体と顔をもってきてトランポリンを強くゆすったり、1・2・3で顔を突き合わせてトランポリンをゆするなど、感覚刺激に対してセラピストが介入し、感覚刺激が単なる自己刺激ではなく相互的な関係になるようにセッションをしたという。
 

『意味から言葉へ』の骨子は、「人は複数の人間どうしが織りなす意味の脈絡=物語を生きる」ということであり、他者は赤ちゃんの意味形成の媒体であり、赤ちゃん自身の生きる物語のなかの登場人物である、というところ。この、赤ちゃんが他者を介してどうやって物語を形成していくのか、というところがこの本の白眉だ。例えば、生まれたての赤ちゃんにとってお母さんの乳房は「もの」であり「ひと」性をおびていない。自分とは異なるもう1人の主体(=他者)の一部と捉えられるようになるまでには、まだいくつかの階梯を要する。 

つい最近、杉本博司さんの「ロスト・ヒューマン」を見に行ったのだけど、そこにあったメインの展示〈今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない〉は杉本さん独自の見立ててでオブジェクトとテキストによって世界の終末が描き出されていた。「物」と「語り」で「物語」なのだが、杉本さんの展覧会は物語という時間性をもつものが瞬間に圧縮されたような感覚になる、不思議な物語体験だった。もし仮に、ぼくらに「物」と「語り」から物語(個人もしくは複数の他者の行為と情動)を想起する能力が備わっているんだとしたら、それはどのようにして育まれてきたのだろうか。

とかくまあ「物語」という言葉が好きなので、赤ちゃんに対するこういう解釈が好きだ。親以外の他者が、赤ちゃんの物語の登場人物になるためには、物心がついてから再登場するしかないだろう。物心以前の登場人物は赤ちゃんの人生にどう介入するんだろうか。そういえば物心という言葉にも「物」って入ってるな。